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2007年3月17日

訪問記の予告

現在訪問記の準備中ですが、全体を三話構成にて順次公開してゆく予定です(成り行きで多少の増減はあるかも知れませんが)。とりあえず第一話を来週くらいには掲載出来そうですが、例によって素人の手慰みでありまして、拙い文章はあくまで写真を紹介するための「添え物」ぐらいに考えてご覧頂けるとありがたいです。セクション内の特定箇所に言及するため、ストーリーはあらぬ方向に進んだりしますので、お立ちの方はつり革におつかまり下さいますようお願い致します。

という事で予防線を張ったところで(^^;)、最近の駅周辺の様子を一枚。裏通りに停車中のコミュバス風(花柄は百均で買った転写シールから)。関係ないけど、おっさんの走りはよりパワフルに…。


2007年3月24日

水神もりの物語(■第1話)

 前作の パイク探訪記 を未読のかたは、先に読まれる事をおすすめします。

東京湾に程近い下町の、とあるJR駅前、そこにひっそりと小さな私鉄電車が乗り入れている。 今は準大手某私鉄の一支線となっているようだが、見た目は限りなく都会の中のローカル線という風情である。 その終端駅は時々仕事で乗る機会のあるJRの電車から高架下に見下ろす事が出来、古びた体育館のような丸屋根の駅舎と対向式のちっぽけなホームが以前からずっと気になっていた。 最近は周辺もすっかりビルが建ち並ぶようになったが、その一角だけは昭和の古き良き時代の空気が感じられ、機会があれば一度訪問したいと考えていた場所なのだ。

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そしてそのチャンスは、ある日あっけなく私に訪れた。 仕事で打ち合わせにお邪魔する事になったクライアントの最寄りが、たまたまこの JR駅だったのだ。 午後の訪問を終えた帰り道、迷わず私がこの私鉄駅に足を向けたのは言うまでも無い。 平日にもかかわらず JRの駅前広場は人や車で混雑していたが、その中にあって私鉄駅の建物はひっそりと、時を忘れたかのように静まり返っていた。

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入口の正面に立って見上げると、「水神森駅」の看板が見える。 「JRの方は水神橋駅だから、微妙に違うんだな...」と思いながらドーム屋根の下へと歩を進める。 中は蛍光灯は点いているものの高い天井に吸収されてしまい薄暗く、明るい屋外から入って来ると目の慣れるまでに少しばかり時間が必要だった。 コンコースは間口こそ広いものの意外に奥行きが無く、数歩行くともうすぐ目の前は改札口だ。 右手の小さな売店前にベンチがあったので、そこへ掛けさせてもらい、電車の到着を少し待つ事にした。

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座ってみるとベンチの正面が入って来た入り口となり、その向こうの喧騒がまるで別世界のように感じられる。 外を歩く人たちは足早にJR駅の方へ行ってしまい、こちらに入って来る客は誰もいない。 ホームは自分の座っている背後になるので、時々振り返りながら入線して来る電車がないか観察していたのだが、しばらく続けているうちどうにも首が痛くなって来た。 幸いベンチは固定されていないようだったので、ちょうど構内に水を撒きに出て来た若い駅員に訊いてみた。
「あのぉ、少しの間これ逆向きにしてもいいですか?後で戻しておきますので。」

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彼は人懐こい顔で何故か嬉しそうに、「あ、いいですよ。じゃ、そちらを持って下さい。」そう言って片側を持ち、ベンチを半回転させるのを手伝ってくれた。
「ひょっとして電車マニアのかたとか?」
「え?えぇ、まぁ...。」
とっさに言われて「電車マニア」という言葉が自分に当てはまるのかどうかは良くわからなかったが、説明が面倒なので曖昧に返事をした。

さてこれで落ち着いて観察出来ると思ったのだが、その後もいくら待っても電車のやって来る気配はない。 ホームには老人の姿がポツリポツリと何人か見えるが、皆ベンチに座ったままじっとして動かない。 静まり返ったその姿は、もう何年もの間、そこでそのまま電車を待ち続けているのではないかとさえ思われた。

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ふと視線を感じて横を向くと、売店の中から店員の女性がじっとこちらを見ている。 商品の陰に隠れて口元は見えないが、どうもその目はやさしく微笑んでいるようだ。 目が合ってしまったのでバツが悪くなった私は、立ち上がってそちらへ行き、「牛乳もらえますか」と頼んだ。
「ハイ。白でよろしいですか?」
「えぇ。」

懐かしい牛乳瓶が目の前で蓋を開けられ、冷たく白い水平線を揺らしながら私に手渡される。 唇に当てるとまたヒンヤリと冷たいその感触が心地よく、思わず一気にゴクゴクと飲み干していた。
「フフッ!」 それを見てこらえきれないように笑った彼女は、私の母親より少し若いぐらいの年齢だろうか。 「え?何か?...」
「あ、ごめんなさいね。お客さん、息子の小さい頃と全く同じだったもんで」
「...でも僕、そんな若くないですよ。」
「まぁそうだわね。うちの子よりはだいぶ年上かな。」
聞けば彼女の子供はいわゆる鍵っ子だった為、学校が終わるとまっすぐにここへ来て、母親の仕事が終わるまで構内で遊んでいたという。 そして、まさしく今私のやっているように反転させたベンチに腰掛け、飽かずいつまでも電車を見ていたのだそうな。

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売店に他の客が来たので話を中断し、私は再びベンチへ戻った。 それほど頻繁に電車の来る線ではないようだ。 社へ戻らなければならないのであまりのんびりもしてられないぞ、と頭上に案内板があるのに気づき、次の列車を調べる。 発車時刻から予測すると、もうそろそろ電車が到着しても良い時間である。

少しすると駅務室のドアがガラっと開き、中から先ほどの駅員が走り出て来た。
「おばちゃん!牛乳」
「またぁ。おばちゃんはおよしよ、親に向かって。」
「だってみんなそう呼んでるし...。時間ないんだ、早く早く。」
彼は先ほど私がやったように牛乳を一気に飲み干すと、代金を放り出して引き返そうとする。

そして帰りしなに私の所で足を止め、「次、いい電車、来ますよ」と耳の後ろで囁いた。 呆気にとられて彼と「おばちゃん」の顔と交互に見比べている私を尻目に、駅員は足早にそのままホームへと向かった。 おばちゃんはただ微笑んでいるばかり。

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彼が私の「無理なお願い」に好意的だったのは、そういう理由だったのか...。 独り納得した私は、何となく嬉しいような恥ずかしいような気分で電車を迎える準備に取り掛かる。 準備といったってデジカメを取り出してスイッチを入れるだけだが、その間にもどこか遠くの方で踏み切りがカンカンと乾いた半鐘の音を立て始めた。 駅員の彼は旗を持ってホームの中程に直立している。 やがてその向こうから、線路の軋む音と共に懐かしい吊掛けモーターの唸り声を響かせ、小さな茶色い電車が急カーブをまわってやって来た。 ホーム手前の転轍機の所で目一杯減速をして、殆ど止まりそうな速度になってジリジリと停止標識へ向けて進入した。

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停車と共に「プシューッ」と空気の抜ける音がドームの屋根にこだまして、小さな単行電車は片開きの扉をガラガラと開ける。 パラパラと降りて来た人達は改札を抜け、三々五々散ってゆく。 面白いのは、切符を持った殆どの人が自動改札を使わずに、駅員と言葉を交わしながら有人改札を抜けて行く事だ。 電車から降りて来た何人かは、そのままおばちゃんの売店で駅そばをすすりだした。 ホームで待っていた人達が乗り込んだ後は、電車は音も無くその場に静まりかえるのみだった。 何もかもが機械化・自動化された昨今、こんな駅の風景がここにあろうとは思いもよらない事だった。

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その後乗り込む人もなく、しばらくの発車待ちの後、電車は再び賑やかな音を残して発車して行った。 見送った私はベンチで今撮ったばかりの写真を確認し終え、ふと見上げると、屋根裏の高い位置に大きくて由緒ありそうな沿線図がかかっているのに気づいた。 その下に説明板が添えられているところを見ると、どうやら昔この駅で使われていた物が展示されているようだ。 説明板の文字が少々小さくて読みづらく、額にしわを寄せてしばらく見続けていたら、売店のドアを開けてバケツの水を流しに来たおばさんから声がかかった。
「それ、今月号に確か載ってたかな~。その裏にありますんで、よろしかったらお持ちになれば?」

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手のひらで指し示してくれたラックには電鉄の広報誌が置いてあり、その中の 1コーナーに、ある乗客の方のこの沿線図についての思い出が綴られていた。 小さな頃からずっとこの電車を利用していた人のお話で、愛着のある沿線図が廃棄を免れ保存展示が実現されたのも、この方の提案がきっかけのようだった。 そこには電鉄自体の思い出についても記載されていたが、それによるとこの線は付近の住民の間ではもっぱら「キドーセン」で通っていたそうだ。 だが、あまりにもオンボロだったからだろうか、くちの悪い人にはクズ電車などと呼ばれてもいたらしい。 なかなか辛辣だがそれは、けなしているようでそれでいてどことなく憎めない、愛着のある存在であったからなのかも知れない。

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さてだいぶ長居をしてしまった。 駅正面からの写真でも撮って帰るかと思って外へ出てみると、街頭テレビから天気予報が流れている。 それを、見るともなしに眺めているうち、建物の横手、JRの高架線との間に挟まれて目立たないものの、そこに駅を示すネオンサインがあるのが目に付いた。 昔はどこの私鉄でも、乗換えをアピールする目的でこんな看板を設けていたものだ。
「そういえば JRの電車からも見えてたな、これ。確か『東葛電車のりば』と書いてあった。でも社名もその後変わっているようだし、今は用済みの筈なのに、何でいまだに残してあるのかな?」

先ほどの若い駅員がちょうど駅裏手の物置から出て来たので尋ねてみた。
「あぁ、あのネオンサインですか。撤去しない理由は僕もわからないです。でも一部壊れてますが、今でも点くんですよ。」
意外にもまだ使える状態だったとは驚いた。
「時々懐かしがって来る人がいるので、お見せする事もあるんです。暗くなって来たから、ちょっと点燈してみましょうか?」

駅員が事務所に引っ込んで少しすると、「ジジ」っと音がしてパラパラとネオン管が発光を始める。 「ん?」しばらくじっと見上げていて気がついた。 「あははっ、これでか!」私は腕組みをして大きく頷きながら思わず笑ってしまった。 東葛の「東」の字だけ故障してるようで光りが薄く、残りが「葛電車」となっている。 「人呼んで、くず電車… なるほどね。」
理由がはっきりしたところで、その日はこの小さな駅を後にした。もちろん、帰る前にベンチを元に戻すのを忘れずに…。

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