2018年7月15日

■ 訪問記(1)

お待たせしました、訪問記第1回の公開です。

しもてつ乗換駅の風情(1)

そこは快速電車が通過する、「しもてつ」本線上の小駅である。島式ホームで橋上駅舎というどこにでもありそうな平凡な駅だが、唯一つ特徴となっているのはここに小さな支線が連絡しており、乗り換え駅となっているという点だ。この支線、かつては本線と繋がっていた時代もあるのだが、今は完全に線路が分断されており、運行も線内で全く独立している。駅構内の片隅にひっそりと停車している小さな電車は、発車すると数駅を経て門前町の終点に至るようだ。

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ある休日のお昼過ぎ、本線の上り普通電車でやって来た乗客Kは、この小駅で下車した。いつものクセで電車の最後部に乗っていたから、降り立ったのはホームの下り方終端付近である。優等列車は停車しないので有効長は4両分ギリギリしかなく、電車のお尻があるすぐ向こうには、ホームの延長を邪魔するように細い踏切道が通っている。最近改修されたらしいホーム自体はなかなか小奇麗で、屋根もこの規模の駅にしたら立派なものだった。そして電車が行ってしまうと、左手斜めには支線の小さなホームが見えた。

「大分変わったな...」Kはそう呟きながら、ゆっくりと歩き出す。駅が橋上駅舎化される過程は通過する電車内から眺めることはあったが、工事完了後にここへ降り立つのは初めてだ。歩いて行くと前方には駅舎に登る階段があったが、そこを通り過ぎてホームの一番先頭までやって来た。こちら側は線路が切り割り状になっており、少し先に見える大通りの踏切は横断する車が引きも切らない。線路は次の駅へ向けて一直線に進み、遥か遠くで若干左にカーブしつつ高架へと登って行く。自分の乗って来た電車がその曲線を曲がり、陽炎に揺らめきながら視界から消えて行く所だった。

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「ふふっ、いい眺め...」その呟きが聞こえたのか、柵に張り付いていた撮り鉄らしき男性が、覗いていたファインダーから目を離してチラとこちらに視線を向けた。それを避けるように左手を振り返ると、上り本線の向こうには支線ホームの方から斜めに合流して来る空き地が見えている。「そういえば、前はここで線路が繋がっていたんだっけ」Kは何かの書籍で、かつてその支線がしもてつ本線に乗り入れ、東京方面へ直通運転を行なっていたという記事を読んだ事がある。その時の線路が役目を終えた後も長らく残っていて、錆色のレールが本線へと合流して来る光景をKは記憶していた。だが現在は支線ホームの延長上に、かつての線路跡に出っ張るような形で連絡通路が新設されており、この空き地に再度レールを敷くのは困難そうだ。

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一通りホームの謁見を終えたKが戻ろうとすると、階段下のホーム幅の狭まった危うげな場所の柱に「危険!ここで電車を待たないで下さい」と注意書きがしてある。面白いのでそれを写真に収めているうちに、ホームのチャイムが断続的に鳴り出した。「ん?電車が来るのかな?」Kは階段に逃げつつしばし待つと、轟音と共に快速電車がやって来て、一陣の風を残して駅を通過して行った。前の電車を追いかけるような勢いは、おそらく次の駅あたりで緩急接続を行なうのであろう。「あのスピードじゃ、確かにあそこにいるのは命知らずか...」心の中でKはそう思った。

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階段を登ると、青空を映す明るい天窓屋根の下に小ぢんまりした改札口があり、そこを出て空中の通路を渡れば手狭な駅ビルの中となる。当然大手の百貨店等入る余地もなく、カフェや個人商店がいくつかテナントとして営業していた。昨今の世相を反映してか閉店してシャッターの降りた売場も見られ、若干うら寂しい感じがする。だが階段を降りて一歩駅の外へ出ると空気は一変した。駅前の広場から続くアーケードへと、通りには大勢の買い物客が往来していたのである。「相変わらず活気があるな」訪れたのは久しぶりだが、Kにとってこの街は馴染み深い場所であるようだ。

Kは歩道をバス停の方へと歩き、振り返って駅ビルを見上げてみる。前によく来ていたころ駅はまだ橋上化されておらず、このビルも存在していなかった。その場所には地上に駅舎が建っていて、本線側のホームとは跨線橋で繋がれていたのだ。当時の駅舎はモルタル造りの無機質なものだったが、何故か派手なピンクに塗られていたのを思い出す。駅前も最近整備されたようだが、以前は古い木造の店舗が密集していて広場も無く、大きな車は入れなかった。だからバス停は少し離れた表通りにあって、人々はそこから細い路地を縫って駅へと向かっていたのである。

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その頃、路地は駅前で二手に分かれており、右に曲がった一方は小さなアーケードの商店街となっていた。それは相変わらず今もそのままで、比較的新しい駅ビルに比べると少々薄汚れて見えるアーケード入口には、いかにも昭和っぽい字体で「青砥ヶ谷銀座」の飾り文字が掲げられている。全国にある「~銀座」という名の商店街は本家にあやかろうと付けられたものだと思うが、そこでは銀座という固有名詞が既に商店街を意味するようになってしまっているのが面白い。

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「ここは何だか落ち着くなぁ...」広場で行き交う人たちを眺めているうちに、気持ちが段々と穏やかになって行くのをKは感じ始めていた。実際、今週の仕事は色々とあって精神的にキツかったが、それも週末入りする前に何とか山を越え、来週には解決しそうな方向へと向かう手ごたえがあった。まだ一段落と言うのは早計だが、多少気持ちに余裕が出て、今日はこのところの休みの様に引きこもらず、当て所なく外へと出かけて来る気分になったのである。

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風向きが変わったのか、どこからか漂って来る良い匂いが鼻をくすぐる。その元を探すと、広場の片隅に鯛焼きの屋台があるのに気がついた。「あれ!おじさんの鯛焼き屋かな?」昔から狭い駅前で売っていた鯛焼き屋のようである。小さい頃、お小遣いで買い食いした事が何度かあるが、広場が整備された今も変わらずここで営業しているのを知って懐かしさと嬉しさがこみ上げて来る。店主とは注文する時に二言三言ことばを交わす程度だったので良く覚えていないが、近くに行ってみたところ当時のおじさんがそのままおじいさんになった感じである。「美味しいんだよね、ここのは...」

今も人気があるのか若干の行列が出来ていたので、鯛焼きは帰りに買っていこうか等と考えているうち、広場に小さなバスがやって来て目の前に停車する。塗装はいつも見慣れている地元大手電鉄系のボディーだが、こんな小さなバスが走っているのは知らなかった。整備されたとは言え確かにここの駅前は敷地が狭いから、とても大型バスは入って来られないだろう。きっとその為に特別に用意された車両で、この路線でしか使われていないのかも知れない。

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乗って来た客達が降車を終えて駅ビルに吸い込まれて行った後、すぐにバスはロータリーを車幅ギリギリで転回し、向かい側にあるバス乗場の前へ着けてエンジンを停止した。珍しいのでちょっと乗ってみたい衝動にかられたが、Kはふとある事を思いついて小さく手を打ち、駅ビルの横手へと歩を進める。「ふーん、今はこんな名前が付いてるんだ?」近代的な駅ビルとその右隣にある洋菓子店のレトロな建物との間には小さな坂道があり、その入口で「前掛横丁」と書かれたアーチ状のゲート看板がKを迎えてくれた。

(第2話へ続く)

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