2018年10月 5日

☆ 訪問記(7)

しもてつ訪問記第7話、最終回となりました。毎回恒例の夢落ち... 三度目はありません(笑)ご愛読、ありがとうございました!

しもてつ乗換駅の風情(7)

遠くから微かに駅の構内放送が聞こえて来る。桂(ケイ)は広い机の端の席に陣取って座り、先程から静かに本のページを眺めていた。一つおいた隣の席には学生だろうか、大きく分厚い書籍を広げてノートに何かを書き写している青年。ここは、駅ビルの最上階に設置されている公営の地域コミュニティ図書館、「館」という程の大げさなものでなく、地元関係の郷土資料や刊行物などを中心に集めた小規模な施設である。先日の水神宮探検が面白かったので、その周辺に関してもう少し知識を得たくなり、関係資料が数多く置いてあると書店の親父さんに教えられてもいたので、夜間開館の曜日を選んで会社帰りに立ち寄ったのだ。

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桂は本のページを開いているものの、頭の中ではあのエキサイティングな一日を思い返していた。大将と分かれて大神宮駅へと戻り、そこから軌道跡を追ってまず向かったのは「参道」駅だ。この駅は大神宮の表参道口に面しており、主にJR線方面から乗り継いで来る参拝客の降車駅となっていた。開通当初は大神宮駅が最寄りだったのであるが、そちらは表参道をパスして境内に入れる様な位置だったため参道脇の土産物店等から猛烈な抗議があり、土地の提供を受けて急遽その参道入口に駅を新設したのだとこの本には書いてある。行ってみた際にはそこは空地となっていたが、その中にホーム跡の石垣が草の間からかろうじて顔を出していた。

次に向かったのは水神社(すいじんやしろ)駅。ここは併用区間にあった道路上の停留場の様な駅で、旧線が地下化されるかなり以前に廃止されているから駅としての痕跡は無かった。ただ道路脇に、旧線時代の架線柱として使われていた鉄柱が一本だけ錆だらけで残っているという情報をネットから仕入れ、それを探し当てた時は感動した。地図で見ると、その脇から路地を入った所が、大将から教わっていた元々水神様のあった場所と一致するので覗いてみたが、今は古いマンションが建っているだけで、当時の気配も全く感じられないのであった。

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再び線路跡に戻って並走する道路をしばらく辿って行くと、突然通りが広くなり、目の前にはショッピングモールの巨大な建物が現れた。その道路反対側がかつての終点水神森だが、今は地下駅となって地下鉄と相互乗り入れをしている。地上には新しく建て替えられた駅入口があるが、それは桂がいつもJRホームから見下ろしていた、カマボコ形で赤い屋根の駅舎を踏襲している様なデザインであった。地上にあった終端ホームの跡は再開発ビルや緑をあしらった小公園となり、休憩や待ち合わせをする人々が多く憩っていた。「駅のこっちの方はあまり来たことなかったけど...」

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その公園の片隅に、古い小さな二軒長屋がポツンと建っている。周囲の現代的な風景とはちょっと不釣り合いな感じがしたが、その一軒の店頭に「あじフライ定食」と書かれた黒板を見付けてピンと来た。頭上の看板を見ると案の定、「珈琲煎香」となっている。青砥ヶ谷駅ビル内にあったカフェの本店だろう。この辺りの敷地はテナントビルに建て替えられる予定だったが、計画は結局縮小されてしまい、この古ぼけた建物だけはそのまま残ったのだ。それは後日、桂がこの店を訪問した際に、口髭姿で温厚なマスターから聞いた話だ。

桂はその裏手のJR高架脇にある予備校ビルへと向かった。彼と通ったあの頃の甘酸っぱい気持ちを思い出しつつ、入口を入ったロビー受付にあるインターホンで呼ぶと、奥から人の良さそうな老人が出て来た。用件を告げると親切にも屋上の階段室まで案内してくれ、そこで水神様の小さな社と感動の対面を果たすことが出来たのである。老人は地区の発展と共に水神様があちこち移転を繰り返し、最終的にこのビルへ落ち着いた経緯を語ってくれた。「...だからね、この水神様が水神森の起源なんだよ」その言葉にはしみじみとした中に、歴史の重みが感じられるのであった。

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老人は桂の持っている大きなカメラに気づき「それは? ...お若いけどシンちゃんのお友達かな?」と、階段室の外へ出る鍵を開け、「後はごゆっくり」とドアを開け放つと下へ降りて行ってしまった。桂は「シンちゃん」に思い当たるフシは無かったが、せっかくなので屋上へ出て、眼下の景色を見回してみた。かつて脇を行く高架の電車内から見ていた予備校のビル、その屋上に立ち、逆に線路を見下ろすのは新鮮で少し不思議な気分だった。

houmon07.pngそして、彼方へ続く高架脇の家並みを眺めているうち、ふとある部分で屋根の並びがおかしなカーブを描いているのに気づいた。しかもそのカーブを手前に辿ると、ちょうど水神森の駅跡に至るのである。「ひょっとすると?」その謎について何か分かるかも知れないと考えたのも、この図書館に足を運んだ理由の一つである。「なるほどねー」やはりそうだった。それはかつて存在した「東葛貨物線」という線路の跡だという事が、ここの資料を見るうちに判明したのである。「そういえば、予備校の前で何やら探索してるマニアっぽい人達を見かけた事もあったな...」

桂はそう呟きつつ、ページに付箋を貼ってパタリと本を閉じる。「次はあっちも探検してみるかな。何だか可愛いLRTも走ってるらしいし」フロア内のサービスで一通り関係資料をコピーしてもらって桃色の小さなリュックに収めた後、彼女は図書館を後にした。下りのエレベーターに乗る前にトイレへ寄り、出て来たところでふと何気なく裏窓から外を眺めると、「あら、ここから模型屋が見えるんだ」そして次の瞬間、「あ!」そのシャッターに小さな白い紙らしきものが貼ってあるのに気がついた。

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「いよいよ閉店のお知らせかな?」桂はエレベーターで1階まで降りると、急いで駅ビルの外へ出て、早歩きで模型店の前まで行ってみた。既に日も落ちてだいぶ経ち、ひんやりと薄暗くなった裏路地に人通りは少ない。だがジャズバーの建物と大将の店には明かりが灯っており、そこだけ店頭に少し温かい空気が漂っていた。貼り紙の前に辿り着き、急いで読み始める桂。模型屋は外看板の照明も落として暗くなっていたが、近くの電灯がシャッターを照らしていて容易に文字を読む事が出来た。「なぁんだ、ふふふ...」桂はメモ代わりに貼り紙のコードを写真に収める。

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「あれ!?桂ちゃん?」後ろから呼びかけられて振り向くと、制服姿の運転士の彼が踏切向こうの乗務員詰所から出て来た所だ。桂を見付け、詰所から構内通路で直接ホームへは向かわずに、踏切を渡って模型店の前までやって来た。「ボーっと立ってるから、踏切のお化けかと思った」「ヤダ、何言ってんですか。それより、これこれ、これ見てよ」桂が指差すと「何?貼り紙って...閉店のお知らせかい?」と彼が覗き込む。

良く見るとそこには、閉店のお知らせと共にインターネットのアドレスが書いてあった。「えっ!ネットショップサイト開設!?」二人、顔を見合わせ、ニッコリと頷き合う。「なかなかやるなぁ、おばちゃん」鞄から手帳を取り出し、アドレスを書きとめる彼。隣の駅だろうか、風にのって遠く警報機の音が途切れ途切れに聞こえて来る。「あ、いけね、急がなきゃ。じゃ、桂ちゃん、帰り気をつけて」「うん、ありがと」彼は大急ぎで踏切を渡り、ホームの方へと走って行った。

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「さて...と、今日はもう遅いから帰りますかね」どことなく気分の軽くなった桂は、彼を見送ったあと路地を駅前の方へと歩き始める。大将の店は宴会客が入っている様で、何やら賑やかな笑い声が店内から聞こえていた。ジャズバーの前は静かだったが、通り過ぎる時かすかに女性ボーカルの流れているのが耳に届いた。角を曲がってフワフワと坂の下まで来た時、「そうだ、本屋のおじさんに一言お礼を...」と思いつく。だがバス停前の書店入口に行ってみると、既に店は営業時問を終えて閉まっていた。「まあ、やってないよね、この時問じゃ」

いつも賑わっているロータリー周辺だが、さすがにこの時刻になると人も車もその姿はまばら。そんな喧騒も無く静かな駅前に、遠くから長く引っぱるタイフォンの音が聞こえて来る。それはいつも聞きなれた電子音のホーンでなく昔ながらの電車の警笛。咄嗟に「何か来る!」と悟った桂は、道路を横断してホームに近づき、スマホのカメラをかざして待った。やがて短くタイフォンを嗚らして轟音と共に駅を通過しにかかったのは、腰部に特急色の赤を纏った3両編成の短い電車だった。

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「うわ、初めて見たかも! ラッキー!!」それは、その姿を目撃した者に幸運をもたらすという噂もある、伝説の旧型特急車両。通常、定期運行は行なっていないが、イベント列車や臨時列車として時々走る事があるという。この時問だとおそらく、運行を終えて車庫へと回送されるのだろう。「カシャッ、カシャッ」桂は夢中でシャッターを押したが、電車はスピードを落とすこともなく駅を通過して行った。「あら、何だコレ(笑)」画像を確認してみると、暗い中、猛スピードで走って行く列車を間近からスマホで撮ったもんだから、ブレブレの失敗写真。「でもいいや、当分これがロック画面だな」何だか気持ちがウキウキして来る桂なのだった。

電車が行ってしまい、再び静けさの戻った駅前、振り返ると、ちょうどビルの合問に大きな月が昇って来ているのに気づく。誘われるように横丁のゲート近くまで歩み寄り、しばしそれをジッと見つめているうち「ああ、これお地蔵さん...?」と桂は呟いた。ホームの方からはチャイム音に続いて次の電車が到着する予告案内が流れ出す。それを聞き、「おっと、私も急がなきゃ」とスマホをポケットにしまって小走りに駆け出す桂。見上げると、夜もふけて横丁のゲート真正面に来た月は、ちょうど赤い前掛けを纏って微笑む、お地蔵様の顔のように見えていたのである。(終)

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コメント(6)

訪問記の方も楽しみに拝見しておりました
とても面白かったです
爽やかな読後感、写真も美しいですね
ありがとうございました

コメントありがとうございます。
最終回は、夜景がメインとなったので加工に結構手間取りました。
そう言っていただけると、とても嬉しいです。

廃線系の人が、郷土資料を図書館で調べるってよくありますね。
ホーム跡の石垣があったとは気が付きませんでした。
そして、珈琲煎香の建物がまだ残っていたとは、驚きです。下戸酒店の方は空き店舗のままですね。
ビルのオーナーのおじさん、ネットのシンちゃんも懐かしいです。
模型店もネットショップ開設で安心しました。
そして、旧型特急電車も登場。
今回の夜景、街灯の光、建物の窓からの明かり、お店の看板、ホームの蛍光灯も光っている、素晴らしいです。
ゲートの上のお月さまがお地蔵様に見えるところも面白かったです。
楽しみにしていた訪問記も今回で終了ですね。
ありがとうございました。

No.10935のmusashimarumaruさんのコメントへの返信

コメントありがとうございます。
最終回なので、色々登場させてみました。
ちょっと欲張り過ぎたかも知れません(笑)
夜景は頑張って加工しているものの、やはり影までは手がまわらなくて不自然な所は多々あるかと。
横丁のゲートは、普段は扇子の形と勘違いする人が多いらしいです。
それで、月と重なるとやっとお地蔵さんの前掛けに見えるという、趣向を思いつきました。

わぁ、今までの作品のあれこれが全部伏線になってるんですね!

Saku-Chanさん、コメントありがとうございます。
伏線というか、無理矢理繋げただけのような気もしますが…笑
読んでいただけて嬉しいです。

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