2006年02月12日

●中武馬車鉄道

中武馬車鉄道は身近な場所にある事も相まって何度か探訪をしていますが、まだ全線に渡ってレポートをした事がありませんでしたので、今回はここをテーマにしてみたいと思います。
まずは青梅から金子橋までの区間になりますが、その経路について幾つかの発見もありましたので、その点含めてご報告します。

>> 中武馬車鉄道全線レポート <<

chuubu53.jpg

続編はまた後日、徐々に追記して行きたいと思います。

関連リンク


http://blog.goo.ne.jp/mas-an/e/6f9b5f66e9d68a49fdf3d4980c7fd9d3
http://humsum.exblog.jp/3134722

Posted by H.Kuma at 2006年02月12日 23:02
トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:

コメント

TBありがとうございました!!
全線を網羅したというのは..
素晴らしいですね...
ゆっくりと拝見にきます..
急ぎの挨拶でスミマセン..

Posted by humsum at 2006年02月15日 14:47

humsumさん、コメントありがとうございます。

実はまだ最後の方 1/3ほど残しておりまして(^^;)、
楽しみに(!?)とってあります。

Posted by H.Kuma [TypeKey Profile Page] at 2006年02月16日 22:00

その後、母親に聞いてみたところ、停車場のあった所を2ヶ所、聞き伝えに知っていました。
一つは金子橋からしばらくして、八高線のガードをくぐる手前、南峯の交差点。
もう一つは、さらに1kmほど先、西三ツ木の四方木屋酒店の所だそうです。
以上、ご報告。
既にご存知でしたら失礼しました。

Posted by mas-an at 2006年02月18日 23:35

mas-anさん、情報ありがとうございます!

実は手元の資料に当時の時刻表が載ってまして、南峰、三ツ木の停車場の名前が見えます。
ただ、地図上の場所がはっきりしないもんでモヤモヤしてたのですが、これでスッキリしました。
レポートまとめに活かさせて頂きます。

Posted by H.Kuma [TypeKey Profile Page] at 2006年02月21日 19:00

以前、馬車鉄道でメールしたものです。
いつも利用している東青梅あたりの道が馬車鉄道の跡地だとは知りませんでした。今度しみじみ味わってきます。
 木蓮寺の親戚からの帰りに馬車鉄道に乗ったと主張していた大正9年生まれの父も昨年亡くなり馬車鉄道について聞けなくなってしまいました。馬車鉄道はいつまで走っていたのでしょうか。父の記憶は思い違いなのでしょうか。本当のことを知りたくなります。

Posted by T.Kato at 2006年02月22日 20:03

T.Katoさん、お久しぶりです。

先のメールを頂いてからもう 5年が経ってしまいました。
お父様はお亡くなりになってしまったのですね。御悔み申し上げます。

中武馬車鉄道、今回ようやく全線レポートをまとめるに至りましたが、いつ頃まで運行されていたかについては相変わらず謎を残したままです。
乗車経験があるというお父様が生まれたのが大正9年、一方で馬車鉄道の書類上の廃止は、それ以前の大正6年9月と多くの書籍に記載されている矛盾。
届け出上は廃止されても、実際には地元の便宜をはかって以降もしばらくは密かに運行を続けていたのではないか... というのが当時メールで我々の出した結論でした。
この辺、また今回のレポートを機に、目にとめて頂いた方から何か情報が入ってくればと思います。

Posted by H.Kuma [TypeKey Profile Page] at 2006年02月22日 22:22
この記事へのコメントはこちらから




  ここまでの入力情報を保存しますか?