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   <title>谷津遊園めもりぃず</title>
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   <subtitle>[Rail and Bikes] 懐かしい谷津遊園の思い出共有ポータル</subtitle>
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   <title>証言39. 遊園内にあった龍神さま</title>
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   <published>2008-08-31T04:27:45Z</published>
   <updated>2008-08-31T04:40:05Z</updated>
   
   <summary>私は谷津遊園が閉園した７年後に隣りの市、船橋市に引っ越してきたので、谷津遊園には...</summary>
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      私は谷津遊園が閉園した７年後に隣りの市、船橋市に引っ越してきたので、谷津遊園には行った事がないのですが、息子の夏休みの自由研究を通し知った情報を投稿します。

谷津遊園があったころの地図を見ると遊園内に神社の記号があります。時代を遡って地図を見てみるとその辺が塩田だった頃の明治の初めには有りませんが、大正の初めのころの地図には載っているのです。その場所が塩田から遊園に変わってもずっとそこにあり続けたのです。しかし遊園がなくなってからの地図にはもうありません。遊園を閉園したと同時にどこかへ移されてしまったようでした。
      私はその神社がどこに行ってしまったのか知りたくて、谷津の旧家を何軒かたずねました。そうしましたら、あるおばあさんが谷津１丁目にある丹生神社の敷地内にあると教えてくれました。そのおばあさんによると、遊園内にあった時、龍神さまといわれていてお社の前には口から水を出している龍がいたと話していました。その後丹生神社に行きましたら、うっそうとした森の中にたくさんの祠があり、一番奥に水神が祭られていました。水神は龍神ともいいますのでこの神様だと確信しました。

みなさんの中に谷津遊園内でこの神社を覚えている方がいらしゃいましたら、是非その様子を教えてください。

またなぜ海岸の端に神社がおかれたのかについては、度重なる高波による塩田の被害を守ってもらいたいという願いによるもの、また高波で神様が打ち上げられたものをそこに祀ったというものなどがあるそうです。そのことについてはまた分かりましたら投稿させていただきます。
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   <title>証言38. おばあちゃんと行った谷津遊園</title>
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   <published>2008-06-21T01:52:01Z</published>
   <updated>2008-06-21T02:06:54Z</updated>
   
   <summary>隣の市川市に母方の実家があったため、「おばあちゃんっこ」だった私は祖母に年に５，...</summary>
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      隣の市川市に母方の実家があったため、「おばあちゃんっこ」だった私は祖母に年に５，６回は連れて行ってもらっていました。もう４０代になってしまった今言える事は、自分の人生の中で一番楽しく、輝いて過ごせた遊園地だったという事。ディズニーランドもそりゃ楽しいけれど、派手すぎてついていけない部分があります。谷津遊園は自分のペースで遊べたなぁ・・・
      夏になると入り口傍の店舗前に並ぶやどかりを覗くのも楽しみのひとつでした。

確か白熊もいたと思いますが、何処へ行ってしまったんだろう・・・

優しかった祖母も一昨年亡くなり、市川の家には叔父が一人で暮らしています。でもあの家に行けば谷津遊園で撮った白黒の写真が沢山出てくるだろうな。今度叔父のご機嫌覗いがてら、写真も探して見る事にします。


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   <title>お城と海賊船の写真</title>
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   <published>2008-03-21T12:23:04Z</published>
   <updated>2008-03-21T14:30:02Z</updated>
   
   <summary>カイヴさんからお借りした写真です。私が持っているスナップとは反対側から撮られたも...</summary>
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      <![CDATA[カイヴさんからお借りした写真です。<a href="http://hkuma.com/rail/yatsu01.html">私が持っているスナップ</a>とは反対側から撮られたもののようで、お堀に浮かぶ海賊船の様子が良くわかりますね。確か洞窟のようなトンネルから出て来て、船の上を歩けるようになっていたのでしたっけ？

<a href="http://hkuma.net/yatsu/yatsu02.html" onclick="window.open('http://hkuma.net/yatsu/yatsu02.html','popup','width=480,height=360,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://hkuma.net/yatsu/yatsu02-thumb.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>
写真提供：カイヴさん　撮影1960年代

追記：<a href="http://hkuma.net/yatsu/2002/09/post_14.html">証言15</a> に海賊船についての記述がありました。
]]>
      
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   <title>証言37. 谷津遊園のビックリハウス</title>
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   <published>2008-02-28T12:34:25Z</published>
   <updated>2008-02-28T12:46:03Z</updated>
   
   <summary>京成電車の谷津遊園。 小学校低学年の遠足だ、僕はライトブルーの 新しい水筒を長女...</summary>
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      京成電車の谷津遊園。

小学校低学年の遠足だ、僕はライトブルーの
新しい水筒を長女の姉が遠足の何日か前に
日本橋三越から買って来てくれた。

それ迄は兄のお下がりでアルマイト製の
武骨なスタイルだった。
新しい僕の水筒は蓋に磁石が付いていた。　
嬉しいし、蓋に付いた磁石も珍しく
毎日学校から帰ると水筒に湯冷ましを入れ替えては
水筒から磁石の付いた蓋に注ぎ飲んだりして
寝る時も枕元に置いて寝た。

      <![CDATA[やがて待ちに待った遠足の朝に成った。　
四街道駅前集合だ。
この当時、国鉄四街道駅は北口のみで南口は無かった。　
汽車で千葉駅迄行き、歩いて京成千葉駅から
谷津遊園の駅、現在強く思い出に残る谷津遊園では
乗り物では飛行機、初めての体験は
ビックリハウスの二つだ。

谷津遊園にはそれから家族と何度か遊びに行ったが
初めてのビックリハウスの恐さ、驚きやクルクル空中を
回転する飛行機の壮快感は段々薄れてしまった。　

数十年経ち我が息子を連れ三人家族で行った時は
本物の遊覧ヘリコプターが有った。
一人一回五千円で検見川上空位を旋回出来た。
家族三人で一緒に乗りたかったが、ヘリコプターが
小型だったから取り敢えず私と息子で遊覧飛行を楽しみ
航空写真も上手く撮れた。

京葉道路から今は富士山を観ることは出来ないが
その当時、たまにヘリから空で観る富士山は
やっぱりデカクて美しい。
息子とヘリコプターでの航空写真がその後病み付きと成り
リースでヘリをチャーターしたりした。

当時ヘリコプターは一分当り千円見当で一時間リースしても
六万円で安く、アマ・カメラマンの私でも航空写真を
手軽に撮影出来た時代だった。

<blockquote>
この証言は、ブログ「<a href="http://blog.livedoor.jp/kappa_gallery/">きょうの河童</a>」より許可を得て転載させて頂きました。
</blockquote>
]]>
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   <title>証言36. お化けに怒られた</title>
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   <published>2008-01-18T08:33:21Z</published>
   <updated>2008-01-18T08:34:12Z</updated>
   
   <summary>　時は、１９６０年代半ば過ぎ。 　所は千葉県、習志野市にあった谷津遊園。 　この...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      　時は、１９６０年代半ば過ぎ。
　所は千葉県、習志野市にあった谷津遊園。
　この近くに、従兄弟の家があった。
　夏休みに泊まりに行くのが、私が小学生時代の年中行事だった。
　少し足をのばせば潮干狩りや、ハゼ釣りが出来る環境であり、なにより谷津遊園に行くのが、楽しみだった。
　高台に建つ従兄弟の家からは、海が見えたものだが、今は海岸線が遥かに遠のき、まるで余所へ引っ越してしまったような気がするくらいだ。
　また、風向きによって、谷津遊園で飼育されていたオットセイの鳴き声が聞こえて来たのも、今となっては夢のような話だ。
      <![CDATA[　谷津遊園にはプールがあり、従兄弟の家に泊まりに行った時は、毎日のように通っていた。いつも閉園間際までプールに浸かっていた。終わりの方になると、客が帰ってしまい、貸し切り状態のように空くのが気持ち良かったからだ。
　たまに早く帰る時には、園内の遊戯施設でも遊んだ。
　その中に、季節を代表するアトラクション、お化け屋敷があった。
　と、言っても、改めて入場料を取らない程度のものだ。内容に関してもたかが知れている。私と従兄弟は、お化け屋敷に入ると、出口まで一気に駆け抜けた。怖かったからではない、どのくらい早く出られるかの方に興味が傾いていたのだ。
　これを何度も繰り返した。その内すっかり道順も覚え、それこそ目をつぶっても通り抜けられるまでになってしまった。

　ある日、出口に近い所で椅子に座ったお化けが現れた。
　これは、人を脅かすものではなく、道案内するのが仕事のお化けだった。
　安っぽい仮面を手に持ち、顔を覆っていた。
　近寄ると、蚊の鳴くような声で、「左へ～～～～～」と案内した。
　ふと、悪戯心を起こした私は、このお化けに絡んでみた。
　「左へ～～～～」と言う度に、「え、何？、何て言ったの？　聞こえないよ、もう一度言って」などとしつこく聞き返したのだ。
　おそらくは、学生アルバイトだったろう律儀なお化けは、親切に何度も「左へ～～～」を繰り返した。
　調子に乗った私は、更にしつこく「だから何？　何かあるの？　行かなきゃいけないの？　反対行ったらどうなるの？」と、言葉を重ねた。
　するとお化けは、いきなり立ち上がると大声を発した。
「左だって言ってるんだよ！」
　思いも寄らぬお化けの反撃に、私と従兄弟は、悲鳴を上げて逃げ出した。
　まさか、お化けに怒られるとは思ってもみなかっただけに、本当に驚いた。
　こんなに怖い思いをしたお化け屋敷は、これが最初で、おそらく最後だろう。
　今思えば、その瞬間も仮面を外さなかったのは、実に職務に忠実なお化けであった。

　後日入った時には、怒るお化けの姿はなかった。
　実は、あれ本当のお化けだったんだよ………………………………ではなく、　お化けの座っていた所には、出口を示す貼り紙があった。
　そんな谷津遊園も今はない。
　最寄りの駅の名から「谷津遊園」の名が外されて久しい。

<blockquote>
この証言は、<a href="http://www.geocities.jp/bqaga/kai/enter.html">アニメ懐古館</a>より許可を得て転載させて頂きました。
</blockquote>
]]>
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   <title>証言35. 観覧車が徐々に無くなって</title>
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   <published>2007-11-02T11:59:38Z</published>
   <updated>2007-12-22T04:58:56Z</updated>
   
   <summary>　小学校２年から社会人になるまで、私は谷津遊園の目と鼻の先に住んでました。夜には...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      　小学校２年から社会人になるまで、私は谷津遊園の目と鼻の先に住んでました。夜には窓から観覧車のバラの照明が見えて、当時はいつも見えるからそんなに感慨はなかったけれど、今思えば綺麗でした。毎年夏にはほぼ毎日遊園のプールへ行っていました。入口すぐに白雪姫がいて、ホッキョクグマがいて。

　閉園後観覧車撤去当時、小学校６年生で谷津遊園が一望できる丘の上の小学校の最上階の教室から、観覧車が徐々に無くなっていく光景を窓際席からさびしく眺めていたのを思い出します。
　閉園後夏のプールは船橋海浜公園まで行くことになってしまいました。

      
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   <title>証言34. 宙返りコースターに乗りたいの！</title>
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   <published>2007-10-27T06:10:58Z</published>
   <updated>2007-10-28T09:19:00Z</updated>
   
   <summary>谷津遊園に関する事を読んでいたら、遠い記憶が甦ってきました。 谷津遊園は、日本で...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      谷津遊園に関する事を読んでいたら、遠い記憶が甦ってきました。
谷津遊園は、日本で初めて宙返りコースターができたところですね。
自分でも、よく覚えているなー・・・と思うので、よほど怖かったのでしょう。

母が・・・（姉もいたかな～?？）幼い私と弟に言いました。
「いい？　お母さんとお姉ちゃんはね、どうしても×２　宙返りコースターに乗りたいの！だから乗ってくるからね！あんた達は此処で待ってなさい！」
そういって、めちゃめちゃ幼い私達を置き去りにしたのです。

      <![CDATA[絶対ありえないでしょ・・・。
今じゃ連れ去られるって・・・。
置いていかれた私達は、一歩も動けずに　ただジッと恐怖に耐えておりました。
何分待たされたかは覚えていません。
「きゃ～～～怖かったぁ～。」興奮して帰ってきた母。

なんか・・・思い出して、今更ながら母を責めてしまったわ。
「あっはっは～～♪そうだっけ？　すごい事するね、私って」だって。
母の性格は、昔も今も変わりません・・・

<blockquote>
この証言は、ブログ「<a href="http://kikuta-hayasi.at.webry.info/">てん・てん・てけてん</a>」より ＮＢ子さん の許可を得て転載させて頂きました。(H.Kuma)
</blockquote>
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   <title>三丁目の夕日の時代</title>
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   <published>2007-10-20T07:25:16Z</published>
   <updated>2007-10-20T07:56:33Z</updated>
   
   <summary>小学館から「三丁目の夕日の時代　東京タワー篇」というムックが出ましたが、その中に...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      <![CDATA[小学館から「三丁目の夕日の時代　東京タワー篇」というムックが出ましたが、その中に当時の遊園地紹介記事があり、当サイトより谷津遊園の資料写真を提供しました。

<img alt="yatsu38.jpg" src="http://hkuma.net/yatsu/yatsu38.jpg" width="420" height="310" />

使われているのは2枚だけですが、私の提供した<a href="http://hkuma.com/rail/yatsu01.html">お城の写真</a>と、<a href="http://hkuma.net/yatsu/2002/03/post_12.html">DR・T土田吉伸さん</a>撮影の園内案内図です。この本では他にも船橋ヘルスセンターなど昭和30年代当時の人気スポットや、電車・バスの風情なども紹介されています。昭和の香りが懐かしい方にはお勧めの一冊かと思います。
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   <title>証言33. 潮干狩りの思い出</title>
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   <published>2007-09-23T08:03:23Z</published>
   <updated>2007-09-23T08:58:12Z</updated>
   
   <summary>　私が子供の頃に潮干狩りに行ったのは、千葉の船橋の海だった。その頃、品川でも潮干...</summary>
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      <![CDATA[　私が子供の頃に潮干狩りに行ったのは、千葉の船橋の海だった。その頃、品川でも潮干狩りができたのかもしれないが、たぶん東京の下町からは船橋が近かったのかもしれない。
　それに、船橋あたりの海岸には谷津遊園があった。

<a href="http://hkuma.net/yatsu/yatuyuuen33.html" onclick="window.open('http://hkuma.net/yatsu/yatuyuuen33.html','popup','width=480,height=350,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://hkuma.net/yatsu/yatuyuuen33-thumb.jpg" width="320" height="233" alt="" /></a>]]>
      <![CDATA[　１９６０年頃までは、船橋から千葉にかけての京成線は海岸線を走っていた。今の谷津駅は昔、谷津遊園駅といった。
　すぐ南には谷津遊園と海岸があった。今、谷津駅の南にある谷津干潟は、海だった頃の名残だ。
　谷津遊園のことは朧げにしか覚えていないが、春は潮干狩り、夏は海水浴、秋には菊人形を見に行ったような気がする。
　その後、船橋の砂浜も干潟も次々と埋め立てられて、砂浜は消えてしまった。

　昔は海だったところが、人の住む町になって、京葉線が走っているのは不思議な気がする。
　かつて三番瀬と呼ばれた干潟を埋め立てた船橋海浜公園で、今は潮干狩りができるそうだ。人工海浜なのだろう。

　船橋の自然の砂浜で潮干狩りをした頃は、アサリがなかなか採れなくてバカ貝ばかりだった。それでもたまにハマグリや赤貝を見つけることもあった。
　貝を見つけて親に見せると、「貝の表面のツルツルしたのはバカ貝だよ」と教えられ、砂浜に捨てた。
　バカ貝は、青柳として寿司ネタにもなっているが、潮干狩りでは採らなかった。生で食べる以外は美味しくないのかもしれない。

<blockquote>
この証言は、ブログ「<a href="http://merman.blog.shinobi.jp/">新明解言葉辞典</a>」より 七会 静 さん の許可を得て転載させて頂きました。また、その後写真も送って下さいましたので、以下コメントと共にご紹介します。(H.Kuma)
</blockquote>


　写真は、小学校の遠足の写真で、写っている先生や友達から昭和36年のものと思われます。
　皆さんがお書きになっている城と、明治チョコレートのポールなどが写っています。
　ポールは上が切れていますが、何だったのでしょう。
　この遠足の時のことは何も覚えていません。遊戯施設では遊ばなかったのかもしれません。
]]>
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   <title>急行「谷津」号</title>
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   <published>2007-08-31T09:30:47Z</published>
   <updated>2007-08-31T09:23:36Z</updated>
   
   <summary>「思いで鉄道探検団」のサイトよりカモさん撮影の写真をお借りしました。京成電鉄の急...</summary>
   <author>
      <name>H.Kuma</name>
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   </author>
         <category term="関係資料" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[「思いで鉄道探検団」のサイトよりカモさん撮影の写真をお借りしました。京成電鉄の急行「谷津」号です。

<a href="http://hkuma.net/yatsu/yatu1.html" onclick="window.open('http://hkuma.net/yatsu/yatu1.html','popup','width=600,height=399,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://hkuma.net/yatsu/yatu1-thumb.jpg" width="320" height="212" alt="" /></a>
写真提供：<a href="http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/7318/">思いで鉄道探検団</a>　撮影1967/７
]]>
      急行「谷津」は、1950-70年代にかけて運行されていた京成の不定期急行の一つです。始終端は谷津遊園ではなく、千葉まで行っていたようです。写真は地平時代の青砥駅上り線ホーム。この電車は上野行きの表示板が出ていますので、休日の谷津遊園からの帰り客を乗せ、一路上野へと向かう所？シールドビーム単灯なので 3050形でしょうか。ちなみに千葉線系統ではこの他に「金波」「銀波」「潮風」、成田線系統では「とね」「つくば」「水郷」「護摩」「迎春」などの不定期急行があったそうです。

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   <title>京成谷津支線(2)</title>
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   <published>2007-08-25T05:24:21Z</published>
   <updated>2007-08-25T05:27:25Z</updated>
   
   <summary>京成の谷津支線について、空中写真を中心にもう少し追ってみました。本館の方で公開を...</summary>
   <author>
      <name>H.Kuma</name>
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         <category term="関係資料" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      <![CDATA[京成の谷津支線について、空中写真を中心にもう少し追ってみました。本館の方で公開をしましたので、以下をご参照下さい。

「<a href="http://hkuma.com/rail/yatsu05.html">谷津遊園と謎の駅 補遺</a>」
]]>
      
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   <title>証言32. プールと豆電車</title>
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   <published>2007-08-23T13:20:09Z</published>
   <updated>2007-08-23T14:01:06Z</updated>
   
   <summary>谷津遊園は小学生時代に何度も行きました。 私が初めて泳げたのが谷津遊園のプールで...</summary>
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      <name>H.Kuma</name>
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      谷津遊園は小学生時代に何度も行きました。
私が初めて泳げたのが谷津遊園のプールでした。
海水のプールで、底は砂、周囲は丸太だったような記憶があります。
niteさんの写真のプールとは別物かも知れません。
あるいは私が体験した「プール」は、もしかすると谷津干潟だったのかも知れませんね。
なにしろ小学校低学年の頃なので、もう記憶が・・・
      豆電車も好きなアイテムでした。
レイアウトは単純な長方形で、芝生の中を走って確かに途中に鉄橋もありました。
ある時、青電から赤電に変わったのも覚えています。

また、１６００形開運号の警笛音は一般的な電車の「ファーン」ではなく、
自動車と同じ「プーッ」という余韻のない独特のものでした。
当時、京成線から２ｋｍくらいの所に住んでいましたが、音だけで区別がつきました。

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   <title>証言31. プール転じてボート池</title>
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   <published>2007-08-18T02:29:25Z</published>
   <updated>2007-08-18T02:25:26Z</updated>
   
   <summary>皆さんの書き込み、懐かしく読ませていただきました。 家のアルバムに&apos;70年位まで...</summary>
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      <name>H.Kuma</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      <![CDATA[皆さんの書き込み、懐かしく読ませていただきました。
家のアルバムに'70年位までの谷津遊園の写真が何枚かありましたのでお送りします。
以下2枚、たぶんGOROさんのおっしゃるボートだと思います。

（以下全てクリックで拡大）
<a href="/yatsu/boat1.html" onclick="window.open('/yatsu/boat1.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="/yatsu/boat1s.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>
後席でふんぞりかえっているのが私。
乗った記憶はかすかにありますね。
船首に黄金バットが立っているあたり、本当に懐かしいです。]]>
      <![CDATA[<a href="/yatsu/boat2.html" onclick="window.open('/yatsu/boat2.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="/yatsu/boat2s.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>
手前に「とびこまない・・・」とあることなどから見て本来はプールであるところをオフシーズンはボート池として使っていたのでしょうね。（さすがに小学校入るかどうかという頃なので記憶がありません）

<a href="/yatsu/boat3.html" onclick="window.open('/yatsu/boat3.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="/yatsu/boat3s.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>
これは証言集の最初のページに写っているものでしょう。

<a href="/yatsu/omake.html" onclick="window.open('/yatsu/omake.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="/yatsu/omakes.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>
これも僕自身に記憶がなく、またアルバムにも説明がないので確かではないのですが、イベントスペース内の様子だと思います。

<a href="/yatsu/train.html" onclick="window.open('/yatsu/train.html','popup','width=640,height=480,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="/yatsu/trains.jpg" width="320" height="240" alt="" /></a>
この先頭車両が好きで、何度も何度も乗ったような記憶があります。
レイアウトがどうだったかはほとんど覚えていませんが、途中に鉄橋があったはず。
この写真を見る限り、片開きの2ドアですから、モデルになったのは2代目開運号でしょうか？
しかし、窓の部分が破れていたり（塗装がはげてたんでしょうか？）
バックの小屋（駅なのか、トンネルを模した車庫なのか不明ですが）に波板を使っていたりと、時代を感じる写真です。
]]>
   </content>
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   <title>今後の予定稿</title>
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   <published>2007-08-13T20:00:00Z</published>
   <updated>2007-08-18T13:46:36Z</updated>
   
   <summary>   谷津遊園と謎の駅（補遺）谷津支線の位置についてもう少し詳しく検証してみたい...</summary>
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      <name>H.Kuma</name>
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         <category term="関係資料" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<ul>
  <li>谷津遊園と謎の駅（補遺）<br />谷津支線の位置についてもう少し詳しく検証してみたいと思います。</li>
  <li>ヘルスセンターとの連絡鉄道<br />谷津遊園と船橋ヘルスセンターを結ぶ予定だった連絡鉄道について、執筆予定です。</li>
</il>
]]>
      
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   <title>京成谷津支線</title>
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   <published>2007-08-13T19:00:00Z</published>
   <updated>2007-08-25T13:46:18Z</updated>
   
   <summary>　谷津遊園の最寄りは京成本線の谷津遊園（旧、谷津海岸／現、谷津）駅でしたが、開設...</summary>
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      <name>H.Kuma</name>
      <uri>http://hkuma.com/</uri>
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         <category term="関係資料" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hkuma.net/yatsu/">
      <![CDATA[　谷津遊園の最寄りは京成本線の谷津遊園（旧、谷津海岸／現、谷津）駅でしたが、開設当初は花輪（現、船橋競馬場）駅から分岐する支線が存在し、遊園地の正門前にあった谷津遊園<strong>地</strong>駅まで電車で到達する事が出来ました。この支線はごく短い間だけしか営業していなかったので、その存在を知る人は多くありません。詳細は以下、本館の方で公開中の記事を参照下さい。

<a href="http://hkuma.com/rail/yatsu01.html"><img class="img_R nbdr" alt="yatsu01.gif" src="http://hkuma.net/yatsu/yatsu01.gif" width="340" height="207" /></a>「<a href="http://hkuma.com/rail/yatsu01.html">谷津遊園と謎の駅</a>」

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